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10月16日:田舎のミニミニ運動会も中止だよ

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「老人たちの憩いも減って」

緊急事態宣言は終了になりましたが、今年も、田舎の町内の午前中だけの、ささやかなミニミニ運動会は中止になりました。

”そりゃコロナだもん、当然だよね”、って、みんな思いますよね。

ミニミニ運動会の日は、朝から音だけの花火が“ドーン”と、数発あがり、町内の小さな広場にスピーカーの大音量の音楽が流れ、チョッコットだけ賑やかさがありました。

そのミニミニ運動会も近頃は子どもたちも少なくなって、どんどん規模が縮小で、老人会の顔合わせみたいになりました。

それでも、楽しみにしている老人はいるみたいなんですけどね。

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あああぁ、そうだ、いま思い出したんだけど、今年も盆踊りも中止だった。

結局、数少ない町内行事もみんな、無しです。

さあ、仕方ない、それでは梨でも食べようか?

『ナシは梨でも、しょうが無し』、なんて、バカな駄洒落を言いながらね。



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10月15日:芭蕉最後の旅路

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「そうだ、芭蕉に習おう」


さあ、元気を出さなくっちゃあ、

「いつも明るく笑顔で」、が、私のモットーじゃあないですか。

先日、芭蕉の自筆最後の句を書きましたが、その時に思い出したことがありました。

この時、芭蕉は最後の「奥の細道の旅路」にあったんだ、ということを。

そしてこんな句も確か詠んでいたんじゃないか、ということをね。

『この道や 行く人なしに 秋の暮 :松尾芭蕉 』

(意味:秋の夕暮れに私の歩いてゆこうとする道は、誰も歩く人がいない一本の道だよ。まるで私の人生のようだ)

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チョット深読みし過ぎで怒られそうですが、「秋の夕暮れとは、芭蕉の人生」と、捉えられるような気がします。

そして、人生晩年の道は、誰も同行者のいない寂しい道であるといっているように聞こえてならないのです。

しかし、そこにあるのは、華やかさはひとかけらもありませんが、悲壮さももたないのでは、と、思うのです。

私のような老人もまた、同じような旅路に足を踏み入れているのです。

だから、芭蕉が「枯れたような晩年」を慈しんだように、私もまた芭蕉に習い、「枯れた人生を微笑んで過ごしたい」と思うのです。

朝から秋の虫の音が聞こえます。

なんて素敵なんでしょう。

さあ、今日も誰とも会わなくても、精いっぱいの笑顔で過ごさなくっちゃあ。






10月14日:おしろい花(白粉花)がコスモスに囲まれて

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「静かな秋の一日の始まり」


小さな庭に隣接する土手に白粉花(おしろいばな)が咲いています。

俗にいう「名もない花」かもしれません。

花は赤く、細長いラッパ状の形でとても弱々しく、朝見るとまるで枯れる寸前と言った萎み方です。

ですから、つい応援したくなる小さな花なのです。

それもそのはず、花は夕方になって開くからなのですね。

そのため、別名を「ゆうげしょう(夕化粧)」とも呼ぶそうです。

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原産地は南アメリカで、日本には江戸時代に渡来したそうです。

そして野生化し、あちこちの野原でひっそりと、咲くようになりました。

さて、この花は私が子どものころからとても好きな花でした。

それは、咲き終わった後、花の根元に直径5ミリほどの真っ黒な種ができ、この種を割ると、中から白い粉がでてきます。

この粉が、女の人のおしろいに使われるのだと教わり、信じて一生懸命に白い粉をあつめたりしました。

そのために、この花は、おしろい花(白粉花)と呼ばれるのだとも教わったのです。

本当に江戸時代おしろいに使われたかどうかは、いまだに不明です。

今朝も土手では、白粉花が遠慮がちに萎んでいます。

周りにはコスモスの花が咲き、おしろい花に声をかけています。

「さあ、夕方までがんばるんだよ、夕方になればあなたの番が来て、綺麗な花に変身するんだから」・・・そう言っているように聞こえるのです。


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静かな秋の一日の始まりです。




10月13日:お祭りの音が消えて

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「秋のお祭りもまた消えて」

田舎の秋の夜は、どこからか祭りの音とか、遠い花火の音が聞こえる時があり、”あれはどこの神社だろう” なんて耳を傾ける時があるものです。

また、花火が打ちあがり、急いで田んぼ道に出て眺める時もあります。

この花火の打ち上げはのんびりしたもので、連続は少なくて単発がゆっくりと間隔をあけて時々と、言った感じで打ちあがるのです。

でも、こんなのんびりしたお祭りの音も、例によって皆中止のようなんです。

緊急事態宣言は終わりましたが、まだまだ慎重の様子です。

これで2年連続ですよね。

ああぁ、そう思うと、余計に夏祭り、秋祭り、が恋しくなります。

出店の綿菓子、風船、おもちゃ、浴衣姿の子どもたち・・・何から何まで恋しくなるのです。

普段そんなに縁日や、お祭りを見に行っていないのに、何だか不思議です。

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そして、そして・・・そして、

以前はこんなお祭りの掛け声も聞こえてきました。

隣り町の古い神社の花火ですが、花火を一発打ちあげる毎に、先ずその花火を寄付した個人や、会社の名前をマイクの大きな声で叫んでから、歌うように読み上げるのです。

『花火は、〇号、花火の名前は〇△□です。 ♪〇〇様の~~ ご献(けん)~発(ぱつ)~~~♪』(“ご献発”とは、“ご寄付”の意味です)

のんびりして誠に秋の夜長を過ごすのにピッタリなのです。

来年こそは、秋祭りを期待しましょうかね。

だから、今年はガマン・がまん・我慢です。







10月12日:秋深き

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「芭蕉自筆最後の句」

今日は松尾芭蕉が51歳で亡くなった命日です。

芭蕉=秋・・と思うと、ふと頭に自然に思い浮かんでくる句があります。

あまりにも有名な、あの句です。

「秋深き隣りは何をする人ぞ:芭蕉」


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私は単純に、秋の夜更けに芭蕉が家の中で、長屋の壁ごしにのんびりと隣人を思い浮かべた句だとばかリ思っていました。

でも、そんな平穏に満ちた秋の夜とは少し事情は違っていたようです。

なぜなら、この句は芭蕉が亡くなる前に、起床が出来て詠んだ最後の自筆の句だというのです。

元禄7年9月28日、体調がすぐれず句会も出席できなかった芭蕉は、出席する代わりにこの句を詠み、句会へ送ったそうです。

そして、芭蕉の体調はますます悪くなり起き上がることも、俳句を詠むこともできなくなり、翌月10月12日には帰らぬ人となったそうです。

そういう背景を知ると、芭蕉が単純に「秋の夜長」の中で、静かな時の流れを楽しんでいるというよりは、孤独、淋しさ、悲しさ、別れ、等の人間が最後に持つ寂寥感のようなものを詠んだように思えてきます。

そして、亡くなる3日前の10月9日、最後に口頭で句を詠み代筆で残した句が臨終の句となったそうです。

「旅に病んで夢は枯野をかけめぐる:芭蕉」

さあ、たまには真面目になって秋の夜長を過ごしましょうかね。

芭蕉のことを考えながらね。

しかし、いつまでも残暑がきついですね。

こんな残暑がきつい中で ”隣は何を” して、過ごしているんでしょうね。




プロフィール

kmomota

Author:kmomota
ハーモニカを吹く変なじいさん。


滑って、転んで、べそかいて、

赤チン塗って、絆創膏貼って、

それでも、いつも笑って、ありがとう。













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